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はじめに

没入型のバーチャルリアリティ空間では、自分自身がアバターとなることを含めて、全ての構成要素がコンピュータグラフィクス (CG) で表現されることになります。そこには、見かけ上は現実空間におけるのとよく似ているものの、権利の問題としては全く違った考え方が必要になるケースがあります。

たとえば、アバターにデジタルの衣服やスニーカーを着用させた場合、アバターの見かけを変更することになります。これは、アバターを製作した人の権利を何かしら侵害することになるのでしょうか?

今回は、上記事例をもとに、知的財産法および契約の観点から、現実空間とは何が異なるのか、また、ユーザ、クリエイターそれぞれの視点から何に注意すべきなのかを考えてみたいと思います。

どの権利の問題か?

現実空間の場合

バーチャル空間の問題を考える前に、現実空間において、ある人物がフィジカルな衣服やスニーカーを着用するケースについて、どのような権利が関わるのかを考えてみましょう。

まず、その人物の外観は、「肖像権」(※)などによって保護される場合があります。もっとも、衣服やスニーカーを着用させることによってその人物の外観に変更を加えること自体は、通常、肖像権侵害にはならないと考えられます。

なお、着用する衣服やアクセサリーのコーディネートにつき、著作権法による保護を否定した事例があります(知財高判平成26年8月28日〔ファッションショー事件〕)。

(※)「肖像権」とは?

みだりに自己の姿態・容ぼうを撮影されず、また、自己の姿態・容ぼうを撮影された写真をみだりに公表されないという人格的利益をいいます。

次に、実用的な用途・機能を果たす工業製品であるフィジカルな衣服やスニーカーのデザイン(形状、模様、色彩等)は、物品の「意匠」として、意匠法による保護の対象となる場合があります。もっとも、仮に保護される場合であっても、その衣服やスニーカーを人物に着用させることによってその人物または衣服等の外観に変更を加えること自体は、通常、意匠権侵害にはならないと考えられます。

また、衣服やスニーカーのデザインは、著作権法でも保護される可能性があります。仮に著作権法で保護される場合、上記のようにその衣服等の外観を変更することは、著作権等を侵害すると判断される余地が出てきます。もっとも、純粋に鑑賞して楽しむのではなく、実用的な機能を果たすために製作された衣服等のデザインは、著作権法による保護を受けにくい傾向にあります(前述のファッションショー事件など参照)。

このように、現実空間では、人物に衣服・スニーカーなどを着用させることにより、これらの見かけに変更等を加えたとしても、それによって権利侵害の問題を生じることは少ないといえます。

コーディネートを考える度に権利侵害の問題を気にしなければならないとすれば大変な世の中になってしまいますので、常識的な結論といえるかと思います。

バーチャル空間の場合

では、この常識はバーチャル空間でも当然に通用するのでしょうか?

ユーザAさんが、動物をモチーフにしたフィクショナルなアバターをクリエイターBさんに作ってもらい、そのアバターに別のクリエイターCさんが作ったデジタルな衣服、スニーカー等を着用させて、バーチャル空間を楽しみたい、というケースを考えてみましょう。

このアバター(3DCGモデル)は、創作的に表現された作品であり、著作権法によって保護されるケースが多いでしょう。この点、アバターはユーザ本人の姿態・容ぼうそのものではないため、現実空間の場合とは異なり、肖像権の保護対象になるかどうかについては議論があります。

また、デジタルな衣服やスニーカーのデザインも、著作権法によって保護されるケースが多いと考えられます。デジタルな衣服等は、フィジカルな衣服等とは異なり、着用者の身体を保護したり、動きをサポートしたり、汗を発散させたりするなどの実用的な機能を果たすものではないため、機能的な工業製品のデザインを保護する意匠法ではなく、コンテンツを保護する著作権法による保護領域に入って来ると考えられるわけです。意匠法で保護されるためには、新規性・創作非容易性など比較的高いハードルが課せられ、登録も必要ですが、著作権法で保護されるためには、一般的に創作者の何らかの個性が表れていさえすればよく、登録も不要と、比較的ハードルは低いとされています。

このように、アバター、衣服、スニーカーいずれについても、バーチャル空間において表現された場合には、現実空間におけるのとは異なり、著作権法による保護と権利処理を中心に考えるべきこととなります。そして、著作権法上、「著作物」であるアバター等の見かけを変更することは、「翻案」(27条)、「改変」(20条)等にあたり、権利侵害となってしまうおそれが出てきます。全てが3DCGで表現されるバーチャル空間では、それを構成するオブジェクトの多くが著作物であり、現実空間の場合よりも、適切な権利処理を済ませる必要があるケースが格段に増えることになると考えられるのです。

では、どうしたらいいのか?(何に注意すべきか?)

ユーザの視点

購入したアバターにデジタルファッションを着用させることが著作権侵害となるかどうかは、そのアバターやデジタルファッションを購入した際に合意した利用条件によります。認められた利用方法が特に示されていなかった場合、「いかなる利用も許諾されなかった」がスタート地点になってしまうことに注意が必要です。

また、とりわけアバターやそれに付加するファッション的な要素に関しては、自分自身を象徴するものとなるため、特定のメタバースに限られず他のプラットフォームでも同じアバター等を利用できるようにしたいという希望を持つ場合も多いでしょう。それが可能であるかどうかも、利用規約等によってそれが許諾されているかどうかによります。

したがって、ユーザとしては、利用規約その他購入の際に提示される利用条件をよく読んだ上で買うかどうかを決めることが重要です。

  • どういう方法で利用できるか?
  • どのメタバースプラットフォームで利用できるか?(他のプラットフォームでも利用できるか?)
  • いつまで利用できるか?
  • どういうアバター、デジタルファッション等と組み合わせることが禁止されるか?(暴力的、わいせつ、世界観による制限など)
  • その他

クリエイターの視点(侵害対応とクリエイター・エコノミー構築のバランス)

クリエイターの視点は、ユーザとは逆の立場から見たものとなります。すなわち、それを購入したユーザは何をすることができ、何ができないのか(許諾の範囲)を検討し、利用規約等に落とし込んでいくことになります。

これを考えるに際しては、侵害に対応しやすいように許諾範囲を限定するという視点も依然として重要です。しかし他方で、ユーザがアバターに様々な衣服等を着用させ、バーチャル空間内において自分を表現することができる自由度を高めることにより、二次創作も含めた広い市場への普及を促し、そのアバターの人気や売上にも貢献しうるといった視点を交える重要性が増しているように思われます。

ユーザに認められる利用の範囲に対して幅広い制約がかかるバーチャル空間では、利用規約等によってその制約を適切に解放し、安心して購入・利用してもらえる状況を整えることが、作品、さらにはクリエイター自身のファン・コミュニティを醸成し、利益還元のチャネルや規模等を増大させる上で重要な戦略になっているように思われるのです。

加えて、自身の作品を提供するプラットフォームの利用規約等を確認し、権利侵害がされた場合にプラットフォームがどのような対応をとってくれるのかを知っておくことも重要になるでしょう(侵害品の削除、侵害を繰り返すユーザに対するアカウント停止等)。

※この記事は、Yahoo!エキスパートに2022年4月12日付けで掲載した記事を一部更新し、転載したものです。


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《その他参考情報》
XR・メタバースの法律相談:弁護士・関真也の資料集

この記事の著者について
日本国弁護士・ニューヨーク州弁護士
日本バーチャルリアリティ学会認定上級VR技術者

関 真也 Masaya Seki

エンタテインメント分野、ファッション分野、先端テクノロジー分野の知財法務に力を入れている弁護士です。漫画・アニメ・映画・ゲーム・音楽・キャラクターなどのコンテンツビジネス、タレント・YouTuber・インフルエンサーなどの芸能関係やアパレル企業・デザイナー・流通・モデルなどのファッション関係に加え、最近はXR(VR/AR/MR)、メタバース、VTuber、人工知能(AI)、NFT、eSports、デジタルファッションなどに力を入れ、各種法律業務に対応しておりますので、お気軽にお問い合わせ下さい。経済産業省「Web3.0 時代におけるクリエイターエコノミーの創出に係る研究会」委員、経済産業省・ファッション未来研究会「ファッションローWG」委員など官公庁の役職を務めルールメイキングに関わるほか、XRコンソーシアム監事、日本商標協会理事、日本知財学会コンテンツ・マネジメント分科会幹事、ファッションビジネス学会ファッションロー研究部会⻑などを務めており、これらの活動を通じ、これら業界の法制度や倫理的課題の解決に向けた研究・教育・政策提言も行っており、これら専門性の高い分野における法整備や業界動向などの最新情報に基づいた法的アドバイスを提供できることが強みです。

主な著書 「ビジネスのためのメタバース入門〜メタバース・リアル・オンラインの選択と法実務」(共編著、商事法務、2023年)、「XR・メタバースの知財法務」(中央経済社、2022年)、「ファッションロー」(勁草書房、2017年)など

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