はじめに
多くのユーザがアバターとして参加し、デジタル資産が取引されるバーチャルな世界、「メタバース」。
定義は未確立ながらも、この新たな経済圏への関心が高まっており、ラグジュアリーブランドを含む多くのファッション企業も進出するようになりました。
ファッション業界はもともと「模倣が起こりやすい」と言われることがありますが、これがメタバース上で起こった場合、法的にはどのように考えられるでしょうか?
これを考える上で参考になる訴訟が2022年1月14日に米国ニューヨーク州で提起され、話題となっています。
フランスの高級ブランドである「エルメス」が、同ブランドを代表するハンドバッグ「バーキン」を毛皮で覆ったデザインを備える100件のデジタル・コレクティブルNFTをイーサリアム・ブロックチェーン上で生成し、「MetaBirkins」と称して販売及び宣伝広告を行っている人物に対し、商標権侵害等を理由として、その差止め等を求めて訴えを提起したのです。
エルメスは、米国特許商標庁において、「BIRKIN」の文字商標及び「バーキン」の立体的なデザイン(トレードドレス)につき、それぞれ登録商標を保有しています。
そして、エルメスは、被告が、MetaBirkins NFTsの販売及び宣伝広告において、「BIRKIN」、「METABIRKINS」及び「HERMÈS」の文字商標、さらにバーキンのトレードドレスを使用していることなどにつき、商標権侵害等を主張しています。
法的なポイント
米国の商標法上、商標権侵害が成立するためには、①原告が有効な商標が保有しており、かつ、②被告の標章の使用により、その商品又はサービスの出所 (origin)、後援関係 (sponsorship) 又は承認関係 (approval) について、消費者に混同を生じさせるおそれがあることを満たすことが最低限必要となります。
前述のとおり、エルメスは、「BIRKIN」という文字及びバーキンのトレードドレスにつき、米国において登録商標を保有しています。
したがって、特に重要なのは「混同のおそれ」があるかどうかという点であると考えられます。
混同のおそれ
「混同のおそれ」とは、「誰が製造・提供する商品か?」という商品の出所につき、消費者等に誤った認識を生じさせる可能性があることをいいます。
この訴訟が係属しているニューヨーク州の連邦裁判所では、次のような事情を考慮して、「混同のおそれ」があるかどうかを判断することになっています。
- 原告の商標の強さ
- 原告と被告それぞれの商標が類似する程度
- 商品の近接性
- 原告が市場を拡大する可能性
- 混同が実際に生じていること
- 被告がその商標を選択する際の誠実性
- 被告の商品の品質
- 購入者の洗練性
フィジカルな商品についての商標の効力は、バーチャルな商品にも及ぶのか?
訴状によれば、エルメスは、これまで、自身でNFTを発行及び販売したことはないそうです。そうすると、「混同のおそれ」があるかどうかを判断するに当たり、「商品の近接性」と「原告が市場を拡大する可能性」の2点が重要なポイントになってくると思われます。つまり、用途や市場等において全く関係のない商品に似たようなロゴ等が使用されていたとしても、両商品が同じ企業によって製造・販売されていると消費者に理解されることは少ないため、商標権侵害が成立する可能性は低くなるのではないか、という問題が出てくるわけです。
MetaBirkins事件に即して言えば、ハンドバッグと、ハンドバッグをコンピュータ・グラフィクス (CG) として再現したデジタルな画像あるいはそれをNFT化したものに、それぞれ似たようなロゴ等が使用されている場合に、消費者はそれらが同じ企業によって製造等されていると誤解(=混同)するおそれがあるのか、という問題です。
そのおそれがないとすれば、ハンドバッグについて商標権を保有していたとしても、NFT化等のデジタル領域における行為は商標権侵害にはならないこととなります。
この点、エルメスは、次のように主張しています。
この主張は、エルメスも他の高級ファッションブランド等と同様にNFTを活用したビジネスを展開する可能性があることは消費者も予想できるだろうから、エルメスに関連するNFTが販売された場合、消費者はそれがエルメスとの提携等に基づいて販売されているものだと誤解するおそれがある、つまり混同のおそれがあるという趣旨であると理解できます。
米国法上の議論としては、「HERMÈS」、「BIRKIN」、そしてバーキンのトレードドレスの商標としての強さ(有名さ)その他の前述した諸事情も総合して、「混同のおそれ」があるかどうかによって商標権侵害の成否が判断されることになります。この訴訟の今後の展開が注目されるところです。
日本法で考えた場合はどうか
商標権侵害について
日本の商標法では、「混同のおそれ」の有無そのものを直接判断するのではなく、①商標の類否(原告の登録商標と被告が使用する商標とが類似するかどうか)、また、②商品等の類否(原告の登録商標の指定商品・役務と被告がその商標を使用する商品・役務が類似するかどうか)によって、商標権侵害の成否を判断することになっています。
このうち、フィジカルな商品についての商標の効力がバーチャルな商品にも及ぶのかという視点で重要となるのは、②商品等の類否です。
例えば、ある事業者が「被服」等のフィジカルな商品を指定商品とする登録商標を保有する場合において、他の事業者が、メタバース上でアバターに着用させる3DCGというデジタルデータとしての衣服を販売したり、衣服の画像をNFT化して販売したりしているとき、これらの販売行為は商標権侵害になるでしょうか?
この場合に商標権侵害が成立するためには、登録商標の指定商品である「被服」と、他の事業者が販売している「アバター用の3DCG衣服」や、NFT化された「衣服画像」ないし「衣服画像のNFT」(以下、まとめて「デジタル衣服」といいます。)が、互いに類似する商品・役務であることが必要となるのです。
最高裁判所によれば、商品の類否は、次のように判断されます(最判昭和36年6月27日民集第15巻6号1730頁)(太字強調は筆者が付加)。
また、特許庁における商標審査基準では、例えば商品の類否は、次のような基準を総合的に考慮して判断するものとされています。
- 生産部門が一致するかどうか
- 販売部門が一致するかどうか
- 原材料及び品質が一致するかどうか
- 用途が一致するかどうか
- 需要者の範囲が一致するかどうか
- 完成品と部品との関係にあるかどうか
フィジカルな商品とデジタルな商品との関係で例を挙げると、「印刷物」と「電子出版物」は互いに類似する商品であるものとして一般的に取り扱われています。これは、作家さんや出版社を中核とする生産部門・販売部門が一致すること、文字等により情報を伝達するという用途が一致すること、また、出版物を読みたい、購入したいと考える需要者が一致することなどから、「印刷物」と「電子出版物」に同じ商標(例えば出版社のロゴ)が付されている場合、需要者は、それらが同一の営業主(出版社)により製造・販売されているものと誤解するおそれがあるからだと考えられます。
では、「衣服」と「デジタル衣服」はどうでしょうか。
「衣服」は着用者自身のフィジカルな身体を守るなどの機能・用途があるのに対し、「デジタル衣服」はそれと全く同じ用途で使われるわけではありません。また、現状では、生産や販売の方法やチャネル、需要者も異なる部分が大きいでしょう。そうすると、「衣服」と「デジタル衣服」は類似の商品等であるとはいえない可能性があると考えられます。その結果、例えばある事業者が「衣服」について保有している登録商標に基づき、同じロゴ等で「デジタル衣服」を展開する他の事業者に対して商標権侵害を主張することは、現状では困難な場合があると考えられます。
最近、メタバースへの対応を検討するファッション企業が、これまで保有していた第25類「衣服」等のフィジカルな商品を指定商品とする商標登録に加え、メタバースで提供する「デジタル衣服」等のデジタルデータを指定商品・役務(ざっくり整理すると、ダウンロードできる形で提供する場合には第9類、ストリーミングなどダウンロードできない形で提供する場合には第41類等)とする商標の出願・登録を進めているのには、このような背景があると考えられるわけです。
もっとも、今後ファッション企業がメタバースに進出し、同じファッション企業がフィジカルな「衣服」とメタバースでの「デジタル衣服」の両方を生産・販売等する取組みが広がり、それに対する需要者の認識が広く浸透していったときには、同じロゴ・マークが使用された「衣服」と「デジタル衣服」は同一のファッション企業が提供するものだと誤解されるおそれが高まるため、互いに類似する商品等であると判断される可能性も高まっていくと考えられます。
このように、商標権侵害が成立するかどうかは、商品・役務のカテゴリーごとに、取引の実態に即して検討する必要があります。企業としては、業界構造の変化にも注目して、自社のブランドを保護し、あるいは他社の商標権を侵害しないようにするための戦略を考えていくことが有益です。
不正競争防止法違反について
日本の法律では、「誰が製造・提供する商品か」を示す目印として有名となった表示は、たとえ商標登録がなくとも、保護を受けることができます。具体的には、次の2つのうちいずれかに該当する場合です。
- 自社の周知な表示と同一又は類似する表示を他社に無断で使用され、それによって自社の商品等と他者の商品等との混同を生じてしまう場合
- 自社の著名な表示等する同一又は類似する表示を他社に無断で使用された場合
商標法と違い、不正競争防止法では「商品等の類似」が要件となっていません。
したがって、「衣服」を取り扱う有名なファッション企業に無断で、そのファッション企業のロゴを使用した「デジタル衣服」を他社が販売した場合、そのロゴの有名さその他の事情により需要者が「このデジタル衣服はあの有名なファッション企業が作ったものだ」などの誤解(=混同)が生じるのであれば、商標登録がなくとも販売等の差止めや損害賠償請求の対象となる可能性があるのです。
さらに、「周知」を超えてさらに有名度の高い「著名」な表示ともなると、混同が生じることすら必要なくなります。つまり、その著名な表示と似ている表示を使用しただけで違法となる可能性があるのです。
ちなみに、エルメスは、日本においても、「バーキン」の立体的形状について商標登録(登録第5438059号)を保有しています。
また、それにとどまらず、「バーキン」のデザインは、知的財産高等裁判所の判決により、不正競争防止法上「著名」な表示であるとも認められた例があります(知財高判令和2年12月17日(令和2年(ネ)第10040号))。
誰でも知っているような有名なロゴやデザイン等を利用することには、たとえフィジカルとバーチャルの世界をまたぐ場合であっても、特に慎重な検討が必要になってくることに注意した方がよいでしょう。
おわりに
メタバースという、フィジカルな世界とは一見異なるような新たな経済圏が広がりつつあります。
しかし、メタバース上の商品等に適用される法律が現時点で存在しないというわけではありません。現行法上どこまで保護と利用がそれぞれ可能なのかを見極めた上で、知的財産法をうまく活用した事業戦略を考えていきたいところです。
※この記事は、Yahoo!エキスパートに2022年1月24日付けで掲載した記事を一部更新し、転載したものです。
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