インフルエンサーマーケティングの有効性
ファッションやコスメの分野を中心に、インフルエンサー(他者の購買判断に対して影響力を持つ人)を起用したマーケティング手法が広く用いられるようになりました。
2016年時点のものではありますが、Twitterの調査によれば、ブランドのツイートに接したユーザは、広告主のツイートを見なかったユーザに比べて購入意思が2.7倍上昇したのに対し、ブランドとインフルエンサーの両方のツイートを取り入れたキャンペーンを行った場合、参加者の購入意思は5.2倍も上昇したそうです〈New Research: The Value of Influencers on Twitter, Twitter (May 10, 2016)〉。
また、同じ調査によれば、商品を探す際に参考にする情報として、友人のツイート(56%)に次いで2位となったのが、インフルエンサー(49%)だったそうです。
インフルエンサーは友人に並ぶほど消費者と心の距離が近く、その推薦が強く信用される傾向にあることがうかがわれます。このようなインフルエンサーマーケティングの市場は、2020年時点で317億円であり、2025年にはその約2.3倍の723億円に達するとの予測があります(サイバー・バズ/デジタルインファクト調べ)。
インフルエンサーマーケティングと商標権
インフルエンサーは、他社の商品等についてSNS等で情報発信するのが通常です。つまり、自分自身の商品等の宣伝をしているわけではありません。このため、仮にその商品等の商品名、ロゴ等が第三者の商標権を侵害するものであったとしても、その責任からはやや離れたポジションにいるように感じられるかもしれません。
しかし近時、米国カリフォルニア州の裁判所が、インフルエンサー自身の商標権侵害を認めるという注意すべき判断を示しました。多くのインフルエンサーやその所属事務所等にとっても無視できない事件ですので、紹介していきたいと思います。
事案の概要
原告である化粧品会社Petunia Products, inc.は、”BROW BOOST“という商標を、”Billion Dollar Brows”というアイブロウ・プライマー及びコンディショナーについて使用していました。
原告と競合関係にある別の化粧品会社Rodan & Fields, LLC(以下「R+F社」)は、2020年7月9日ころ、”Brow Defining Boost“という商品(以下「侵害被疑商品」)の販売を開始しました。
そして、ファッションモデル兼インフルエンサーであるMolly Sims氏は、彼女自身のウェブサイト上で、侵害被疑商品について好意的なレビューをするとともに、侵害被疑商品についてもっと知りたいという閲覧者向けに、侵害被疑商品が販売されているR+F社のウェブサイトへのリンクを置き、最後に侵害被疑商品の画像と価格を記載したブログを公表しました。
原告は、R+F社及びSims氏らを相手に、商標権侵害等を理由とする訴えを提起しました。
裁判所の判断
裁判所は、Sims氏のブログにおける”Brow Defining Boost”という標章の使用が、①商業的な使用であり、かつ、②商品の出所について消費者に混同を生じさせるおそれがあるという2点について十分な主張を行ったものと認め、訴訟の却下を求めるSims氏の申立て (motion to dismiss) を退けました。
商業的な使用 (Commercial Use)
裁判所は、Sims氏による”Brow Defining Boost”という標章の使用が、商品の広告についての使用であると評価できることを理由に、商標権侵害となり得る商業的な使用行為であると判断しました。
その根拠として、以下のような事情をもとに、Sims氏のブログが有償の広告であったと評価できることが強調されています。
- R+F社は、Sims氏のようなインフルエンサーを、自社商品のマーケティングをするために起用していること
- Sims氏の書いたブログが、侵害被疑商品のプロモーションをするものであり、かつ、侵害被疑商品が販売されるR+F社のウェブサイトへのリンクが置かれていたこと
- Sims氏が、ブログの中で、R+F社がそのブログを「後援 (sponsoring)」していたこと、また、その公表前に侵害被疑商品を提供してくれたことにつき、謝意を示していたこと
- 読者が「Brow Defining Boostの購入方法についてもっと知る (“learn more about how to purchase Brow Defining Boost”)」ことができるよう、そのように表記してR+F社のウェブサイトへのリンクを置いていたこと
- 「この商品をお買い求め下さい (“SHOP THE PRODUCT”)」という見出しとともに、侵害被疑商品の画像と価格を掲載していたこと
混同のおそれ (Likelihood of Confusion)
商標権侵害が成立するためには、「誰が製造・提供した商品か?」という商品の出所につき、消費者等に誤った認識を生じさせるおそれ(=混同のおそれ)があることが必要とされています。
そして、カリフォルニア州を管轄する連邦裁判所では、この「混同のおそれ」の有無を、次のような事情を総合して判断することとされています。
- 商標の強さ
- 商品の近接性又は関連性
- 商標の外観、称呼及び観念における類似性
- 現実の混同に関する証拠
- マーケティングチャネルの集中度
- 商品の種類及び当該商品を購入する際に消費者が払う注意の程度
- 侵害商標を選定する際の被告の意図
- 両当事者が各自の取扱品目を拡大する可能性
そのうえで、裁判所は、両商標 (“Brow Boost”と”Brow Defining Boost”) がよく似ていること、両社が直接の競合関係にあり、両商品の用途が共通すること、マーケティングチャネルが類似することなどに着目し、次のように述べ、混同のおそれがあることを認めています。
インフルエンサーとその所属事務所にとっての注意点
この裁判例をもとに考えると、インフルエンサーは、とりわけブランド企業から対価を得てその商品のプロモーションをする場合、プロモーションの対象となる商品の商品名、ロゴ、マーク等が他社の商標権を侵害するものでないことにつき、十分な注意を払うべきだということになるでしょう。それらが商標権侵害である場合、そのブランド企業のみならず、インフルエンサー自身も商標権侵害の責任を問われるおそれがあるからです。
一般的な法律実務では、例えば次のような対応をとることが検討されます。
依頼主との契約上の注意点
インフルエンサーを起用する場合、商品の広告を依頼する企業とインフルエンサー(又はその所属事務所等)との間で、「業務委託契約」「広告起用契約」などの契約書が作成されるケースがあります。
インフルエンサーの立場からは、これらの契約において、①プロモーションの対象となる商品等につき、第三者の商標権その他の権利を侵害しないものであることを依頼主側に確約してもらうこと、②万が一、権利侵害によるクレーム等を受けた場合、インフルエンサーに生じる損害を補償してもらうことなどを規定するのが望ましいといえます。
事前の商標調査
また、インフルエンサーが自分で積極的に行うことができる対応としては、①依頼主がプロモーションの対象となる商品等の商品名、ロゴ、マーク等について商標登録をしているかどうか、②それらについて第三者が商標登録をしていないかなどを事前に調査することが考えられます。
おわりに
SNSの隆盛に伴い、インフルエンサーの活躍の機会もどんどん増えていくものと思います。その中で、インフルエンサーが自らの身を守るための法律知識を習得する必要性もまた、大きくなっています。
他社の商品をプロモーションするという立場にあっても、その点に変わりはないようです。
※この記事は、Yahoo!エキスパートに2022年1月19日付けで掲載した記事を一部更新し、転載したものです。
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