【キーワード】
XR(VR/AR/MR) メタバース 所有権 不動産 著作権 プラットフォーム アーキテクチャ
【はじめに】
バーチャル空間上の「土地」が高額で取引される実例がいくつかある。最近報じられたものとして、以下のものがある。
- Axie Infinity:NFTとして発行される仮想空間上の9つの区画が150万ドルに相当する暗号資産で落札された(2021年2月9日発表)。
- Somnium Space:バーチャル空間上の土地が50万ドル以上で売れた(2021年3月16日発表)。
- Decentraland:NFTとして販売される土地が約91万3000ドルで購入された(2021年6月17日)。
これだけ高額な「土地」を買ったユーザは、法的には何ができるようになるのか。「買った」のだから、いわゆる所有者と同じように振る舞えると考えてもおかしくはない。
バーチャル空間における経済活動が活発になる将来に備えて、(ややざっくりしすぎかもしれないが)日本法をもとに考えておきたい。
【所有権とは何か?】
「所有権」とは、人が「物」を排他的に支配する権利である。所有権者は、その所有する「物」を、誰にもジャマされず自由に使用、収益及び処分することができる(民法206条)。
所有物に対する支配を妨げられた場合、所有権者は、その態様に応じて返還請求、妨害排除請求又は妨害予防請求をすることができる。例えば、自分が所有する土地に無断で侵入し、屋台を営む者が現れた場合には、所有権に基づき、屋台を撤去し立ち退くよう請求することができる。
所有権には絶対性がある。すなわち、契約関係等の有無にかかわらず、自己の所有物である土地に対する排他的支配を妨げる者なら誰に対してでも権利を主張できるという特徴がある。この点、賃貸借契約が終了すれば賃貸人は賃借人に対して貸した物を返せと請求できるが、賃貸借契約の効果として主張する限り、請求の相手方は原則として賃借人という特定の人物のみである点で違いがある(債権の相対性)。
【バーチャル空間上の土地は「物」か?】
あるユーザXが購入したバーチャル空間上の土地で他のユーザYが無断で屋台を営み始めたとき、Xは、現実の土地の場合と同様に、所有権に基づいて立ち退くようYに対して求めることができるか。
前述のとおり、所有権は「物」を排他的に支配する権利である。したがって、XがYに対し、所有権に基づいて自己のバーチャル上の土地から立ち退くよう請求することができるというためには、このバーチャル上の土地が法律上の物」であることが必要である。
民法上、「物」とは「有体物」をいう(民法85条)。裁判例によれば、「有体物」とは、液体、気体及び個体といった空間の一部を占めるものをいいう。一般に、デジタルデータは「物」ではなく、所有権の対象にならないとされる。三次元的な現実空間の一部を占めるという意味での有体性がないからである。
バーチャル空間上の土地は、デジタルデータ又はそれに基づき端末の画面上に表示される画像若しくは影像である。これらは「有体物」といえず、所有権の対象にはならないと解される可能性が高いと思われる。
バーチャルオブジェクトの中には、単なるデジタルデータにとどまらないという見方ができるものもある。例えば、「バーチャル」空間の一部を占め、現実空間における物に対するのと同様に、誰にもジャマされずに自分(アバター)の手などを使って自由に触ったり、回したり、消費したりするなどの「体験」を提供する「この」画像等であるという側面に有体物性を見出す考え方もあるかもしれない。NFTや技術仕様の標準化によるプラットフォーム横断性などを考えればなおのことである。しかし、現行法上そのような考え方が一般に通用するかというと、あまり自信はない・・・。
【バーチャルな土地に対するユーザの権利】
バーチャル空間上の土地が「物」でないとすれば、その購入者Xは、その土地上で無断で屋台を営む他のユーザYに対し、所有権に基づいて「やめろ!」「どけ!」と求めることはできないことになると考えられる。
Yと契約関係にもないとすれば、契約に基づく債権的請求としてそのように求めることもできない。
不当利得返還請求(民法703条)又は不法行為に基づく損害賠償請求(同709条)として、一定の利用料のようなお金を請求することはできるかもしれない。しかし、バーチャルな土地を無断利用されたとして、それによってXに損失又は損害が生じたといえるだろうか。所有権などの形でその土地を排他的に使用・収益することができる法的根拠がもともとXにないのなら、他者がその土地を利用するのも本来自由なはずではないか。
債権侵害による不法行為という法律構成もあり得る。Xはバーチャル空間のサービス提供者に対し、購入者である自分にこの土地を利用させるよう求める契約上の権利(利用規約等による。)を有しているところ、Yはこの権利の実現を妨げ、本来X自身が使用収益していれば得られたはずの利益を得れらなかったとし、損害賠償を請求する考え方である。しかし一般論として、債権侵害の成立が認められるケースは限られるうえ、やはり「やめろ!」「どけ!」などと求めることはできない(お金による解決のみ)。
【プラットフォーム / サービス提供者の責任】
このように見てくると、ユーザに与えられる法的権利は原則として限られたものとなる。したがって、プラットフォームやサービス提供者がどういうサービス設計にしているかが大きく影響してくることになりそうだ。
例えば・・・
その土地に立ち入るのにXの許可が必要となるようXが設定することができる仕様にする。
いったん立ち入った後でも、Xが希望すればY(のアバター)を土地の外に任意に移動させることができる仕様にする。
この場合、所有権、契約など法律云々の前に、サービスの仕様上、Yは土地に立ち入ったり留まったりすることが事実上できない。
事実上立ち入れないだけでなく、立入りの際に、XとYとの間に賃貸借契約その他の土地利用契約(的なもの)を締結させる仕組みを取り入れる。
より現実環境に近いものとなり、Xなどのユーザの意思を反映したバーチャル体験が可能となるだろう。法的にも、所有権の不存在を補う契約上の権利を、ユーザ間で自由に設定することが可能となる。
もちろん、利用規約において他のユーザの土地に無断で侵入等をしない義務を各ユーザに課し、これに違反した場合には、プラットフォーム側で強制的に立ち退かせるなどの措置を講じることができる旨を定めることも考えられる。
このように、プラットフォームとしては、ユーザに法的な権利があるかないかにかかわらず、バーチャル上の「不法占拠」のような事態を排除・予防するための仕組み(アーキテクチャ)を構築することは可能である。
問題は、それをどこまでやらないと法的な責任を負うことになるのかであろう。
例えば、ユーザが「土地」を購入する時に、具体的にどのようなことができると期待していたかが重要なファクターの1つとなろう。法的な意味における「所有権」を取得できるとユーザが合理的に期待してバーチャル上の土地を購入する状況なのであれば、なるべくそれを実現するサービスを構築することがプラットフォームに求められると考えられる。そうだとすれば、購入者が「土地の所有者となる」「土地の所有権を取得する」などの表現を、利用規約その他サービス内容を説明する文書等に記載することには慎重になるべきで、購入によりどのような利用が可能となり、どのような利用はできないのかを具体的に明らかにすることが求められる。
また、自社サービス内での不法占拠など同種事案の発生状況に加え、バーチャル上の土地を提供する同種サービスの普及状況、それらのサービスで一般的に採用されている仕組みの内容その他の社会情勢に応じて、合理的な範囲で実行することが期待される措置はどのようなものなのかを考えていくことになると思われる。
【おわりに】
バーチャル空間の設計は、全面的にプログラマー次第であり、その自由度は非常に高い。しかし、それは法的責任の伴わない自由であるとは限らない。
(考えているときはもうちょっと面白く書けそうな気がしていたのに・・・気のせいか。もし思い出したらまたいつか書きたい。)
※この記事は、関真也弁護士のnoteに2020年10月26日付けで掲載した記事を一部更新し、転載したものです。
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