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生成AI 人工知能 英国 特許 発明者 所有者 特許を受ける権利の承継

原決定(英国知的財産庁)
Patent Decision (BL O/741/19), 4 December, 2019.

本判決(高等法院商事財産裁判所 特許裁判所):
CH-2019-000339, 21 September, 2020.


【事案の概要】

英国特許出願GB1816909.4 及び GB1818161.0 は、Stephen Thaler (以下「出願人」という。)の名義で、2018年10月17日及び2018年11月7日にそれぞれ出願された。両出願に係る願書(特許様式1)によれば、出願人は当該発明の発明者ではない ― これは会社の従業員がした発明に関してしばしば起こることである。

出願人が提出した書類によれば、発明者は “DABUS” と呼ばれる人工知能 (AI) マシンであり、出願人は、「DABUSを所有していること」により、当該特許を受ける権利を取得したと主張している。

英国知的財産庁は、マシンを発明者として指定することは、英国特許法(the Patents Act 1977) に適合せず、自然人 (“person”) を発明者として特定しなければならないと判断した。また、英国知的財産庁は、出願人が発明者からいかにして当該特許を受ける権利を取得したのかを示す書面を提出するよう出願人に求めるとともに、所定の期間内に必要な情報を提供しなかった場合には当該出願を取り下げたものとみなすと説明した。

なお、最近アップデイトがあった英国知的財産庁の方式マニュアル (Formalities Manual) の第3.05項は、AI発明者に関し、次のように定めている。

記載された発明者が「AI発明者」である場合、方式審査官は変更を求める。「AI発明者」は、法が求める「自然人」(“a person”) を特定していないから、これを認めることができない。自然人を特定できない場合、当該出願は、第13条(2)に基づき、取り下げられたものとみなされる。

その他参考条文:英国特許法第7条及び第13条、英国特許規則第10条(3)(4)


【争点】

争点① 非自然人の発明者は、英国特許法上、発明者と評価し得るか?(結論:否定)
争点② 原始的に発明者又は当該発明の実際の考案者に帰属する特許を受ける権利が、如何にして出願人に移転したか?すなわち、Mr. Thalerは、単にDABUSの所有者であるという理由だけで、特許を出願する権利を有するか?(結論:否定)
争点③ 上記2点のいずれかに対する答えがNOである場合、審査官は、当該出願が取り下げられたとみなすに際し、規則第10条(3)所定の16ヶ月間の経過を待つ必要があるか、それとも直ちにそうみなすことができるか?(結論:16ヶ月の経過を待つべし)


【原決定の要旨】

※ 以下、争点①及び②についてご紹介致します。

争点①について

「欧州特許条約 (the European Patent Convention; EPC) の起草当時、自然人以外の発明者は想定されておらず、また、英国特許法の起草当時にもこれが想定されていなかったという点について、出願人に同意する。このことからすれば、英国特許法第7条における発明者 (“inventor”) と第13条における者 (“person”) とは、全く同一のもの、すなわち自然人(人間であって、AIマシンではない)であることが明確に期待されている。これが誤った解釈であるという裁判所による示唆はこれまで一切存在しないし、発明者が法人であってはならないということは確立した法理である。たとえ発明それ自体がDABUSによって創作されたものだとしても、出願人はDABUSがAIマシンであり、人間ではないことを認めているから、これを、英国特許法が求める『者』(“person”) と評価することはできない。」

「DABUSはマシンであって自然人ではないから、英国特許法第7条及び第13条における発明者とは認められないと判断する。」

争点②について

「(略)において、出願人は、マシンが『法人格も独立の権利も有さず、財産を所有することもできない』ことを認めている。・・・このことから導かれる当然の帰結は、DABUSが、マシンとして、知的財産(本件においては2件の特許出願)を保有し得ないということである。このことは、出願人にとって問題があると思われる。なぜなら、DABUSはその発明について権利を有さず、また、その特許を出願する権利を出願人に譲渡することもできないからである。また、それを可能とする制定法又はコモンロー・ルールを知らない。したがって、出願人がいかにして当該発明に係る権利をその創作者であるDABUSから取得したのかは不明確である。」

「出願人代理人は、DABUSの所有権をもって十分であると主張する。しかしながら、英国特許法第7条は、特許出願する権利が発明者から非発明者である出願人に移転する場合について規定している。(略)による出願手続において、審査官は、当該出願人は第13条(2)(a)に従って発明者を特定したかもしれないが、当該出願人が発明者でないのであれば、当該出願人は、第7条(2)の(b)及び(c)のカテゴリに応じて、いかにして当該出願に係る権利を取得したのかを示さなければならないと判断した。発明者を所有するということが、いかにしてこれら2つのカテゴリのいずれかに該当するのかは、直ちに明確であるとはいえない。」

「出願人は、発明者を所有することを理由として当該特許に係る権利を取得しており、したがって当該発明者の承継人であると主張する。出願人代理人は、一般論として、マシンの所有権を有することにより、当該マシンのあらゆる生成物についての権利も、その所有者(本件においては出願人)に移転されることになると主張する。しかしながら、当該発明者を所有することを理由とする特許に係る権利の取得については、英国特許法第7条(2)の(b)又は(c)のカテゴリによってカバーされていないから、出願人は、権利を有することについて十分な根拠を提示していない。本件において、当該発明に係る権利が発明者からその所有者に移転する根拠となる法は存在しないように思われる。なぜなら、発明者自身が財産権を保有し得ないからである。したがって、たとえDABUSが発明者と評価されるための英国特許法上の要件を満たすものと認めたとしても、発明者を所有することは第7条(2)の要件を満たさないから、出願人は本件の特許を出願する権利を有しない。」

原決定に対し、出願人が不服申立てをした。


【本判決】

不服申立てを却下。原決定を支持。


【ちょっとしたコメント】

AIが創作した発明、著作物などの創作物につき、権利が発生するのか、また、発生するとしてその権利は誰に帰属するのかが世界中で問題になっています。本件は英国の事例であり、①AIマシンは発明者となることができず、また、②AIマシンの所有者だからといって特許を受ける権利をAIマシンから承継することはできないなどと判断したものです。

AI創作物の発明者・著作者(争点①関係)については、技術的思想等の創作に実質的に関与した者が「発明者」「著作者」であるという形で議論されることが多いと思いますが、本件では、法律起草時においてAIマシンその他人間でないものが創作活動をすることは想定されていなかったという(形式的な)理由で、AIマシンの発明者該当性が否定されている点で特徴的です。AIマシンを発明者と認めるかどうかは政策上の問題であるという捉え方が強く反映されているように思います。

日本ではこの問題に関する裁判例はまだないと思いますので、参考のため英国の事例をご紹介させていただきました。

私が弁護士として取り組むコンテンツ、ファッション、VR/ARの分野でも、AIの活用がどんどん進んでいると思います。しっかりと研究、フォローアップをして、業界に貢献できるよう努めていきたいと思います。

※この記事は、関真也弁護士のnoteに2020年10月5日付けで掲載した記事を一部更新し、転載したものです。


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この記事の著者について
日本国弁護士・ニューヨーク州弁護士
日本バーチャルリアリティ学会認定上級VR技術者

関 真也 Masaya Seki

エンタテインメント分野、ファッション分野、先端テクノロジー分野の知財法務に力を入れている弁護士です。漫画・アニメ・映画・ゲーム・音楽・キャラクターなどのコンテンツビジネス、タレント・YouTuber・インフルエンサーなどの芸能関係やアパレル企業・デザイナー・流通・モデルなどのファッション関係に加え、最近はXR(VR/AR/MR)、メタバース、VTuber、人工知能(AI)、NFT、eSports、デジタルファッションなどに力を入れ、各種法律業務に対応しておりますので、お気軽にお問い合わせ下さい。経済産業省「Web3.0 時代におけるクリエイターエコノミーの創出に係る研究会」委員、経済産業省・ファッション未来研究会「ファッションローWG」委員など官公庁の役職を務めルールメイキングに関わるほか、XRコンソーシアム監事、日本商標協会理事、日本知財学会コンテンツ・マネジメント分科会幹事、ファッションビジネス学会ファッションロー研究部会⻑などを務めており、これらの活動を通じ、これら業界の法制度や倫理的課題の解決に向けた研究・教育・政策提言も行っており、これら専門性の高い分野における法整備や業界動向などの最新情報に基づいた法的アドバイスを提供できることが強みです。

主な著書 「ビジネスのためのメタバース入門〜メタバース・リアル・オンラインの選択と法実務」(共編著、商事法務、2023年)、「XR・メタバースの知財法務」(中央経済社、2022年)、「ファッションロー」(勁草書房、2017年)など

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