―バーチャル商品をめぐる地名表示の識別性に関するEUIPOの審決―
《R0773/2023-5》
I. はじめに
商品の産地は、その商品を指定商品とする商標について識別力を有しないと判断されることがあります。
では、現実世界における物理的な商品の産地として有名な語がバーチャル商品の商標として使用された場合、その語はバーチャル商品との関係で識別力を有するでしょうか?
時計の有名な産地名がバーチャル時計の商標に用いられた場合の識別性について判断した欧州連合知的財産庁(EUIPO)の審決事例がありますので、ご紹介します。
II. 事案の概要と争点
出願人は、2022年7月1日、以下の商標(以下「本願商標」といいます。)の登録出願をしました。
審査官は、2023年2月13日、欧州連合商標規則7条(1)(b)及び7条(2)に基づき、商標登録出願の拒絶査定をしました。これに対し、出願人は、2023年4月12日、拒絶査定不服審判を申し立てました。
EUTMR第7条(絶対的拒絶理由)
1. 次の各号に掲げるものは、商標登録を受けることができない。
(b) 識別性がない商標
2. 第1項は、不登録事由が欧州連合の一部に限って存在する場合においても、これを適用する。
本件では、本願商標に含まれる「Glashütte」(グラスヒュッテ)が、高級時計の製造で「一定の名声を享受」するドイツの都市である点において、出願人とUSPTOとの間に争いはありませんでした。
本件において出願人が主張した主要なポイントは、「この名声が現実の腕時計にのみ関するもの」であり、本願商標の指定商品であるバーチャル商品には関係がないから、グラスヒュッテが時計の製造地として有名であるという点は、バーチャルな時計との関係における本願商標の識別性を否定するものではない、という点にあり、これが今回取り上げる争点です。
III. EUIPOの判断
EUIPO審判部は、以下のとおり述べ、バーチャル商品との関係において本願商標に識別力がないとした審査官の判断を支持しました(抜粋)。
少なくとも、関連する公衆の無視できない一部にとっては、「Glashütte ORIGINAL」(グラスヒュッテ・オリジナル)という標章は、時計業界における卓越したノウハウと優れた名声を想起させる。
本件では、問題となっている商品及びサービスは全て、時計製品及びその付属品に関連するバーチャル商品並びにそれらバーチャル商品の小売及び提供に関するものである。
したがって、「Glashütte ORIGINAL」という標章は、グラスヒュッテという都市名が名声を得ているのと全く同一の商品を表現するバーチャル商品(並びにその小売及び提供)について使用される。
このような状況において、当該標章が問題の商品及び役務に付された場合、グラスヒュッテという地理的表示を使用することにより、物理的な商品の品質イメージがバーチャル商品に引き継がれ、関連する公衆間に好意的な感情が生じる可能性が高い。グラスヒュッテの町が伝統的な高級時計のシンボルであることをすでに知っている消費者は、バーチャルな商品の文脈にあっても、「Glashütte ORIGINAL」という標章から品質や真正性を自然に連想するであろう。
このような品質イメージの引継ぎにより、消費者は時計製品に関連するグラスヒュッテ市の名声の論理的な延長線上に当該商品及び役務があると認識し、消費者が物理的な製品に期待するのと同様の品質及び信頼性が保証される。また、グラスヒュッテ市が腕時計の分野において確立した名声を十分に活用することにより 、バーチャル商品の価値に対する消費者の信頼を強化している。
このように、「Glashütte ORIGINAL」という標章は、腕時計の世界における「Glashütte」という語から連想される卓越性を踏まえて、消費者を安心させ、バーチャル商品を高品質な製品と考えるよう消費者を促すことにより、大きなプラスの影響を生み出す可能性を秘めている。
このような状況においては、消費者は、グラスヒュッテ市の真正な商品を参照することによって伝達される高品質性に関するプロモーション情報を超え、グラスヒュッテ市を知らしめている物理的な商品に相当するバーチャル商品(並びにその小売及び提供)の商業的な出所を表示するものとして、当該標章を認識することはないであろう。
したがって、当該標章にEUTMR第7条(1)(b)にいう識別力がないとした審査官の判断は正当である。
IV. Key Takeaways
この審決は、高級時計の製造地を表示する標章が、バーチャルな時計との関係で識別性を有しないと判断した事例です。この判断の特徴は、現実世界における物理的な時計の製造地であるというリアルな商品側の事情が、それに対応するバーチャル商品の側にも引き継がれ、その識別性を否定する理由とされた点にあると考えられます。
もっとも、本件においては、「Glashütte」という語が、物理的な高級時計の製造地を表示するものとして名声を獲得しており、時計に関連してこの語を使用すれば高い品質と信頼性が保証されるという事情があったことに留意すべきでしょう。商品の産地として知名度がなく、そのような品質保証機能がない語が問題となるケースでは、必ずしも同様の判断がされるとは限らないと考えられます。
わが国の商標法においても、「商品の産地・・・を表示する標章」は識別性がなく、又はそれが弱いものとして判断されることがあります(商標法3条1項3号参照)。バーチャル商品の識別性の有無が問題となるケースでは、本件におけるUSPTO審判部の判断も参考になるものと思われます。
また、以前ご紹介したリアルの香水・化粧品とバーチャルの香水・化粧品の類似性が争われた事例では、リアルな商品に関する事情をバーチャル商品に結び付けることなく類似性が否定されましたが、本件ではリアルな商品に関する事情がバーチャル商品に引き継がれると述べ、リアルな商品と同様にバーチャル商品についても識別性がないと判断しました。この2つの判断の関係をどう整理するかという点も、興味深いところです。
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