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名誉毀損(名誉権侵害)とは?

人の名誉を毀損した場合、損害賠償請求(民法710条)、名誉回復措置請求(同法723条)、差止請求等の民事法上の責任を負います。ここにいう「名誉」とは、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価」をいい(最判昭和45年12月18日民集24巻13号2151頁)、これを低下させることが名誉毀損という不法行為です。

名誉を毀損するかどうかは、一般の読者等の普通の注意と読み方等を基準として判断されます(最判昭和31年7月20日民集10巻8号1059頁等参照)。

侮辱(名誉感情侵害)とは?

人が社会から受ける客観的な評価を低下させるものではないために名誉毀損が成立しない場合であっても、社会通念上許される限度を超える侮辱行為により人の名誉感情を害することは、人格権の侵害する不法行為として損害賠償請求等の対象となります。

ここにいう「名誉感情」とは、「人が自己自身の人格価値について有する主観的な評価」であり、前述のとおり客観的な社会的評価であるところの「名誉」とは区別されています(前掲最判昭和45年12月18日)。

バーチャルな存在に対する名誉毀損等の成否

問題の所在

VTuberに見られるように、アバターを操作する生身の人物(「中の人」等と呼ばれます)の情報はあえて公表せず、キャラクターの名前、外観、性格その他の設定を基礎としてインターネット上の活動が行われることがあります。

このように、他の人からはその「中の人」が誰だかわからない状況において、そのキャラクターやその活動に関して誹謗中傷等が行われたとき、名誉毀損や侮辱は成立するでしょうか。

人格権の主体であるその人物は、キャラクターとの結び付きを他人に認識されていない以上、キャラクターに向けられた誹謗中傷等によってその客観的な社会的評価が低下することにはならないから、その人物に対する名誉毀損は成立しないのではないか ―――。

こうした点が議論の対象となっています。

名誉毀損等が成立するケース

VTuberの普段の言動や、記事、投稿等に基づいて公に知られている情報から、その「中の人」が誰であるかが具体的に知られており、キャラクターに対して向けられた言説がその人物を対象とするものであると一般に理解することができるときは、その「中の人」という特定の個人に対する名誉毀損等が成立すると考えられます。

したがって、「VTuberに対する誹謗中傷だから名誉毀損にはならない」という考え方は誤っています。

意見が分かれているのは、諸事情を踏まえても「中の人」が誰だか分からない状況において、キャラクター又はその活動に対する言説につき名誉毀損等が成立するかどうかという点です。

裁判例:名誉毀損について

裁判例上、名誉毀損等が成立するためには、被害者の実名等が判明していることは必須ではありません。芸名等であっても、その活動に被害者の人格が反映されている場合には、その芸名等から特定される人物に対する名誉毀損等は成立しうると考えられます。

VTuberに関する裁判例ではありませんが、投稿の内容及び経緯に基づき、その投稿が、Twitter等において一定のユーザ名、アカウント名及びハンドルネームを使用している者を対象としたものであると認めた上で、原告が、そのユーザ名等を用いて約20年にわたりサークルの運営やイベントの告知を行うなどしていたことから、その投稿は、そのユーザ名等を用いている者、すなわち原告を対象としたものであると同定できると判断し、名誉権侵害の成立を認めた事例があります(東京地判令和2年12月9日(令和2年(ワ)第24410号))。

インターネット上の仮称であったとしても、その仮称を用いた活動を通じて社会的評価の対象となっている以上、その仮称によって特定される人物の名誉は保護されうるのです。VTuberについても同様に考えることは可能であると思われます。

裁判例:侮辱について

VTuberとして活動する人物が原告となった事案において、第三者によるインターネット上の電子掲示板への投稿が原告の名誉感情を侵害すると認めた事例があります(東京地判令和3年4月26日(令和2年(ワ)第33497号))。

裁判所は、下記1~5の事情等を考慮し、原告であるVTuberの活動は、「単なるCGキャラクターではなく、原告の人格を反映したものであるというべきである」と述べた上で、その投稿の内容が、原告がそのタレント名(仮に「T」とします。)として配信したエピソードについて批判的な意見を述べるものであったことから、その投稿が「T」としての配信に反映された原告自身の行動を批判するものであると認めるのが相当とし、同定可能性を肯定しました。

  1. その所属プロダクションの中で「T」というタレント名で活動しているのは原告のみであったこと
  2. そのプロダクションでは、タレントと協議の上、タレントの個性を活かすキャラクターを製作していること
  3. 「T」の動画配信における音声は原告の肉声であること、
  4. CGキャラクターの動きについてもモーションキャプチャによる原告の動きを反映したものであること
  5. 「T」としての動画配信等は、キャラクターとしての設定を踏まえた架空の内容ではなく、キャラクターを演じている人間の現実の生活における出来事等を内容とするものであること

まとめ

ご紹介した裁判例によれば、VTuberに対する名誉毀損や侮辱が成立するケースはあるということになります。実際に、近時、VTuberに対する名誉毀損の成立を認め、発信者情報開示請求を認容した判決があったことが発表されています。

いかに見た目や名称、設定が異なるとはいえ、その背後にいる実体は生身の人間であるということを十分に考えて接していきたいですね。

今後も、具体的にどのような事実関係のもとで名誉毀損等の成立が認められるのか、事例の蓄積が求められるところです。

近時注目を集める「メタバース」においても、アバターを通じて匿名で活動するユーザが増えていくと予想されます。そこでも、VTuberと同じように、メタバース上での名誉毀損、侮辱等の問題が生じるでしょう。そのときに備え、関連する裁判例の進展を注意深く見守ることが重要です。

この記事の著者について
日本国弁護士・ニューヨーク州弁護士
日本バーチャルリアリティ学会認定上級VR技術者

関 真也 Masaya Seki

エンタテインメント分野、ファッション分野、先端テクノロジー分野の知財法務に力を入れている弁護士です。漫画・アニメ・映画・ゲーム・音楽・キャラクターなどのコンテンツビジネス、タレント・YouTuber・インフルエンサーなどの芸能関係やアパレル企業・デザイナー・流通・モデルなどのファッション関係に加え、最近はXR(VR/AR/MR)、メタバース、VTuber、人工知能(AI)、NFT、eSports、デジタルファッションなどに力を入れ、各種法律業務に対応しておりますので、お気軽にお問い合わせ下さい。経済産業省「Web3.0 時代におけるクリエイターエコノミーの創出に係る研究会」委員、経済産業省・ファッション未来研究会「ファッションローWG」委員など官公庁の役職を務めルールメイキングに関わるほか、XRコンソーシアム監事、日本商標協会理事、日本知財学会コンテンツ・マネジメント分科会幹事、ファッションビジネス学会ファッションロー研究部会⻑などを務めており、これらの活動を通じ、これら業界の法制度や倫理的課題の解決に向けた研究・教育・政策提言も行っており、これら専門性の高い分野における法整備や業界動向などの最新情報に基づいた法的アドバイスを提供できることが強みです。

主な著書 「ビジネスのためのメタバース入門〜メタバース・リアル・オンラインの選択と法実務」(共編著、商事法務、2023年)、「XR・メタバースの知財法務」(中央経済社、2022年)、「ファッションロー」(勁草書房、2017年)など

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