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米国 パブリシティ権 声の権利 ものまね 広告
本判決:Waits v. Frito-Lay, Inc., 978 F.2d 1093 (9th Cir. 1992).
【事実関係】
原告について
Tom Waitsは、プロの歌手、ソングライター及び俳優として知られている。Waitsは、しゃがれた粗い歌声の持ち主で、あるファンはこれを、「バーボンを1クォート飲み、タバコを1箱吸って、カミソリの刃を1パック飲み込んだような・・・それも深夜。3日間寝ずに過ごした後に。そうしたら出るような声。」と表現している。
Tom Waitsは、CMには出演しない。彼は過去10年間、一貫してこのポリシーを貫いており、数々の高額なオファーを断り、一流の製品の宣伝を拒否してきた。さらに、このWaitsのポリシーは公に表明されたものである。雑誌、ラジオ、そして新聞のインタビューで、彼は、アーティストとしての芸術的な忠実性を損なうから音楽アーティストはCMに出演すべきではないという自身の哲学を表明してきた。
被告らについて
Frito-Lay, Inc.は、Doritosブランドのコーンチップスをはじめとする調理済み食品や包装食品の製造、流通及び販売を手がける企業である。Tracy-Locke, Inc.は、Frito-Layをクライアントに持つ広告代理店である。
経緯と背景事情
Frito-Layの新製品SalsaRio Doritosの広告キャンペーンを開発するにあたり、Tracy-Lockeは1976年のWaitsの曲『Step Right Up』にインスピレーションを得た。Frito-Layに台本を提示する際、Tracy-Lockeは、コピーライターにCMの仮歌を歌わせ、それからWaitsの『Step Right Up』の録音版を流して、CMが表現しようとする雰囲気を伝えた。Frito-Layは、その全体的なコンセプトと台本を承認した。
Tracy-Lockeは、CMのリードシンガーの選定にあたり、『Step Right Up』の雰囲気を捉えるだけでなく、Tom Waitsの声を真似することもできる歌手でなければ、適任者はいないと考えていた。Tracy-Lockeのクリエイティブチームが、ブルージーな深みのある声を持つプロの歌手を起用するという当初の提案は、Tracy-LockeとFrito-Lay双方の経営陣から不評を買った。Tracy-Lockeは、その後、しゃがれ声で歌える他の歌手を多数オーディションした。
Stephen Carterも、オーディションを受けた一人であった。Carterの作品を知っていたレコーディング・エンジニアが、Tom Waitsの物真似がうまい人物として、彼をTracy-Lockeに推薦したのだった。Carterはダラス出身のプロのミュージシャンで、Tom Waitsのファンだった。Waitsの曲をバンドのレパートリーとして10年以上演奏してきたことで、彼はWaitsの歌声を意識的に完璧に模倣できるようになっていた。Carterがオーディションを受けた際、Tracy-Lockeのクリエイティブチームのメンバーは、CarterのTom Waitsの完璧に近い物真似に「目を疑い」、Waitsにどれほど似ているかについてCarterにコメントした。実際、当該CMの音楽ディレクターは、Carterの歌声がWaitsにあまりにも似すぎており、法的問題を引き起こす可能性があるため、おそらく仕事は得られないだろうとCarterに予告した。しかし、Carterはその仕事を獲得した。
当該CMの録音セッション時、Tracy-Lockeのエグゼクティブ・プロデューサーであるDavid Brennerは、Waitsの物真似に関するCarterの技術について法的影響を懸念し、Waitsの物真似をやめさせようとした。しかし、Frito-Layもクリエイティブチームのメンバーも、そうすることを望まなかった。録音セッションの後、CarterはBrennerに、WaitsはCMに出演をしないというポリシーがあり、出演するアーティストを好ましく思っていないため、このCMに不満を抱くだろうと述べた。Brennerは、そのことを承知していると認め、以前にWaitsにDiet CokeのCMに出演することを打診したことがあったが、「人生であれほど即座にNOと言われることはなかっただろう」とCarterに語った。Brennerは、Robert Grossman(Tracy-Lockeのマネージング・バイスプレジデントであり、Frito-Lay担当の重役)に、当該CMはWaitsの声に似すぎているという懸念を伝えた。念のため、Brennerは別の歌手を起用したCMの代替バージョンを作成した。
当該CMが全米のラジオ局でオンエアされる日、GrossmanはTracy-Lockeの弁護士と10分間にわたる長距離電話で協議し、Waitsの音楽と同じような雰囲気を捉えることを狙ったCMに法的な問題があるかどうかを尋ねた。弁護士は、独特な声の保護を認める最近の判例法を踏まえると、訴訟の「重大な」リスクがあると指摘した。しかし、Grossmanから聞いた話に基づき、その弁護士は、歌手の音楽スタイルは保護の対象とはならないため、そのような訴訟には理由がないだろうと考えていた。そこでGrossmanは、Carterのテープと代替バージョンの両方をFrito-Layに提示し、Carterバージョンには法的リスクがあることを指摘した。しかし、GrossmanはCarterバージョンを推奨し、訴訟になった場合はTracy-LockeがFrito-Layに補償を行うと述べた。Frito-LayはCarterバージョンを選択した。
当該CMは、1988年9月と10月に、ロサンゼルス、サンフランシスコ、シカゴなど全米61都市の250を超えるラジオ局で放送された。Waitsは、ロサンゼルスのラジオ番組に出演した際にこのCMを耳にし、衝撃を受けた。彼は、「これを聞いた人は誰でも、それが誰の声かを当然聞き分けて、その声の人(つまり、Tom Waits)がDoritosのCMに出演することに実際に同意したとも理解するだろうとすぐに気づいた」という。
1988年11月、Waitsは、カリフォルニア州法に基づく不正利用(misappropriation)とランハム法に基づく虚偽の推奨(false endorsement)を理由に、Tracy-Locke及びFrito-Layに対して訴えを提起した。この訴訟は、1990年4月と5月、陪審によって審理された。陪審は、Waitsの主張を認め、音声の不正利用について37万5000ドルの損害賠償と200万ドルの懲罰的損害賠償、また、ランハム法違反について10万ドルの損害賠償を命じた。裁判所は、ランハム法に基づき、Waitsの弁護士費用の賠償請求を認めた。被告らが控訴した。
【裁判所の判断】
裁判所は、声の不正利用に関する原告の主張について以下のとおり述べ、同主張に関する陪審の評決を支持しました。
〈Midler事件判決〉において、当裁判所は、「プロの歌手の独特な声が広く知られており、かつ、商品を売ることを目的として意図的に模倣された場合には、その売り手の行為は、他人のものを不当に利用したものであり、カリフォルニア州における不法行為に該当する」と判示した。Midler事件における不法行為は、「パブリシティ権」、すなわち、アイデンティティに商業的価値がある人物(ほとんどの場合、著名人)がそのアイデンティティの商業的利用をコントロールする権利の侵害の一種である(略)。Midler事件判決において当裁判所は、声が著名人のアイデンティティの十分な印である場合、パブリシティの権利は、当該著名人の同意なしに商業目的でその声を模倣することを禁じていると判示した(略)。
陪審は、Waitsの声の故意による模倣を特徴とするCMを放送したことにより、被告らがWaitsのパブリシティ権を侵害したと判断した。陪審は、そう判断するにあたり、Waitsの声は広く知られた独特なものであると認定した。
Waitsの声の不正利用に関する主張・・・は、法律上十分である。・・・各主張に関する陪審の評決は十分な証拠によって支持されており、また、損害賠償に関しても同様である。
【ちょっとしたコメント】
本判決は、Midler事件判決(下記リンク先の記事を参照)と同様に、広く知られた独特な声を無断で商業的に利用する行為につき、不法行為(パブリシティ権侵害)の成立を認めた事例です。
本件に至る詳細な背景事情をご紹介しましたので、声の保護や利用を考える上で実務上参考になると思われます。
このほか、本判決は、パブリシティ権による声の保護に関し、この記事でご紹介しきれなかった興味深い論点を含んでいます。
たとえば、楽曲や録音物については著作権法で保護の対象や範囲等が規定されていますが、著作権法では保護されていない歌手の「声」自体をパブリシティ権で保護することは、著作権法との関係で問題はないのでしょうか(著作権法による先占の問題)。
また、パブリシティ権で保護されるのは、歌手の「声」それ自体だけなのでしょうか。それとも、歌唱スタイルや表現方法等の「スタイル」も考慮して保護範囲が判断するべきなのでしょうか(「声」と「スタイル」の区別)。
これらの問題についても、回を改めて、当ウェブサイトでご紹介していきたいと思います。
いかがでしたか?
関真也法律事務所は、俳優・声優・歌手等やその所属事務所をはじめ、エンタテインメント産業で活躍される方々の権利について、日本国内外の実務や、法令・裁判例・学説等を踏まえ、理論的な基礎を伴った解決を提供するべく、継続的かつ積極的に、実務・研究・情報発信・政策提言等の総合的な活動を行ってまいります。近時注目が高まっている、生成AI・ディープフェイクに関わる「声の権利」の問題についても、以下のように研究活動を行っています。
参考:関真也法律事務所/【資料公開】『連続研究会 エンタテインメント産業と生成AI・ディープフェイク』第1回・第2回報告資料(日本知財学会コンテンツ・マネジメント分科会)
関真也法律事務所では、生成AIやディープフェイクの問題を含めて、漫画・アニメ・映画・TV・ゲーム・音楽・芸能・クリエイター等のエンタテインメント、ファッション、XR・メタバース、デジタルツインやNFTその他web3に関する法律問題について、広く知識・経験・ネットワークを有する弁護士が対応いたします。
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