【キーワード】
米国 パブリシティ権 声の権利 ものまね Sound-Alike 広告
本判決:Midler v. Ford Motor Co., 849 F.2d 460 (9th Cir. 1988).
【事案の概要】
自動車会社及びその広告代理店(被告ら)は、70年代の人気曲を用いたTVコマーシャルシリーズ “The Yuppie Campaign” において、被告自動車会社の自動車を宣伝した。
Bette Midler(原告)は、全米で知られた女優及び歌手である。
被告広告代理店は、原告のアルバム “The Divine Miss M” に収録された楽曲 “Do You Want To Dance” を歌う原告の編集版をクライアントに聴かせ、コマーシャルの提案をした。クライアントがこれを受け入れると、被告広告代理店は原告のマネージャーであるJerry Edelsteinにコンタクトをとった。その会話は次のようなものであった:“Hello, I am Craig Hazen from Young and Rubicam. I am calling you to find out if Bette Midler would be interested in doing …? Edelstein: “Is it a commercial?” “Yes.” “We are not interested.”(「こんにちは、Young and RubicamのCraig Hazenと申します。お電話したのは、Bette Midlerさんにご関心をお持ちいただけるかお尋ねしたいことが・・・」Edelstein「コマーシャルのお話ですか?」「はい。」「結構です。」)
それでもめげずに、被告広告代理店は、原告のバックアップシンガー “the Harlettes” の一人として10年間活動していたUla Hedwigを見つけ出した。Hedwigは、被告広告代理店から、「Bette Midlerの “Do You Want To Dance” のレコーディングのような歌声を出せる人を探している」と言われ、関心があれば同楽曲のデモテープを作ってほしいと頼まれた。Hedwigはアカペラのデモテープを作り、その仕事を獲得した。
被告広告代理店の指示により、Hedwigは、原告の声をできる限りまねて、CM用のレコードを録音した。
このCMの放映後、原告は、多くの人々から、そのCMが原告の “Do You Want To Dance” のレコードと「まったく同じように聞こえる」と言われたという。また、Hedwigは、多くの個人的な友人から、そのCMを歌っているのは原告だと思ったと聞いたとのことである。さらに、原告とは関係のないエンタテイメント業界のパーソナル・マネジャーであるKen Fritzは、宣誓供述書により、そのCMを複数回耳にし、ミドラーが歌っていると思ったと述べている。
このCMにおいては、原告の氏名も写真も使用されてはいない。被告広告代理店は、著作権者から、当該楽曲の利用許諾を得ていた。本件において争点となっているのは、原告の声の保護のみである。地方裁判所は、被告らの行為を「典型的な盗人のそれ」と表現し、「買えないなら盗む」行為であると断じた。しかし、地方裁判所は、原告の声の模倣を禁じる法的根拠はないと考え、被告らが求めた略式判決 (summary judgment) をした。これに対し、原告が控訴した。
【争点】
著名な歌手の声は、本人の同意なしに商業的に利用することから保護されるか否か。
【裁判所の判断】
裁判所は次のとおり述べ、原判決を破棄し、事件を原審に差し戻した。
・・・被告らは、Midlerが被告らのために歌っているかのような印象を与えるために、声真似 (imitation)を使用した。
被告らにとってMidlerの声に価値がないのであれば、なぜ被告らはMidlerに歌うことを依頼したというのか。被告らにとってMidlerの声に価値がないのであれば、なぜ被告らはMidlerの声に似た人物に対して熱心に依頼し、Midlerを真似るよう指示したというのか。被告らが求めていたのは、Midlerのアイデンティティが持つ特徴であった。その価値は、ミドラー本人がコマーシャルで歌うために市場が支払うであろう金額に相当するものであった。
・・・声は、顔と同じくらい特徴的で個人的なものである。人間の声は、アイデンティティが最も明白に表れるもののひとつである。我々はみな、電話で数言話しただけで友人が誰なのかが分かることを知っている。哲学的なレベルでは、音声によって「相手が目の前に立つ」と言われてきた〈引用略〉。このことは、歌唱、とりわけ著名な歌手の歌唱について、いっそう強く当てはまる。歌手は歌の中で自己を表現する。彼女の声を模倣することは、彼女のアイデンティティに対する海賊行為である〈引用略〉。
商品の宣伝を目的として声の模倣をすることが全て訴訟原因になるとまで判示する必要はないし、当裁判所はそのように判示するものではない。当裁判所が判示するのは、プロの歌手の独特な声が広く知られており、かつ、商品を売ることを目的として意図的に模倣された場合には、その売り手の行為は、他人のものを不当に利用したものであり、カリフォルニア州における不法行為に該当するという点のみである。Midlerは、被告らが、その商品を販売するに当たり、自らの利益のために彼女のアイデンティティの一部を不当に利用したことにつき、略式判決を覆すのに十分な立証をした。
よって原判決を破棄し、本件を原審に差し戻す。
【ちょっとしたコメント】
日本では、声の無断利用をパブリシティ権侵害として認めた裁判例は見当たりません(学説では、これを認めるものも多くみられます)。
わが国のパブリシティ権に関する最高裁判決として有名なピンク・レディー事件最高裁判決は、人の氏名、肖像等が他人による無断利用から保護される根拠を、これらが「個人の人格の象徴」だからだと述べています。
「人の氏名,肖像等(以下,併せて「肖像等」という。)は,個人の人格の象徴であるから,当該個人は,人格権に由来するものとして,これをみだりに利用されない権利を有すると解される(略)。そして,肖像等は,商品の販売等を促進する顧客吸引力を有する場合があり,このような顧客吸引力を排他的に利用する権利(以下「パブリシティ権」という。)は,肖像等それ自体の商業的価値に基づくものであるから,上記の人格権に由来する権利の一内容を構成するものということができる。
これを踏まえて見ると、本判決は、「声は、顔と同じくらい特徴的で個人的なものである」、「人間の声は、アイデンティティが最も明白に表れるもののひとつである」と述べていることが注目されます。つまり、人の声が、「個人の人格の象徴」として、氏名、肖像等とのように保護の対象になり得るという意見に整合する考え方であると評価することもできるように思われます。
本判決は、原告・被告らの知人のほか、原告・被告らとは無関係なエンタテインメント業界の人物が、現にMidler本人の歌唱ないし声であると誤解していたこと、また、被告らが、Midlerの声に価値があることを認識しながら、その声によく似た人物を起用し、本人を真似て歌うよう指示したなどの事実に基づき、不法行為の成立を認めています。本判決の判断の基礎となったこれらの事実関係も、日本における声の保護を考える上で参考になると思われます。
このほか、本判決は、コモンローに基づく声の保護と著作権法との関係など、わが国における声の保護のあり方を考える上で非常に興味深い事項について判断を示しています。これについても、回を改めて、当ウェブサイトでご紹介していきたいと思います。
いかがでしたか?
関真也法律事務所は、俳優・声優・歌手等やその所属事務所をはじめ、エンタテインメント産業で活躍される方々の権利について、日本国内外の実務や、法令・裁判例・学説等を踏まえ、理論的な基礎を伴った解決を提供するべく、継続的かつ積極的に、実務・研究・情報発信・政策提言等の総合的な活動を行ってまいります。近時注目が高まっている、生成AI・ディープフェイクに関わる「声の権利」の問題についても、以下のように研究活動を行っています。
参考:関真也法律事務所/【資料公開】『連続研究会 エンタテインメント産業と生成AI・ディープフェイク』第1回・第2回報告資料(日本知財学会コンテンツ・マネジメント分科会)
関真也法律事務所では、生成AIやディープフェイクの問題を含めて、漫画・アニメ・映画・TV・ゲーム・音楽・芸能・クリエイター等のエンタテインメント、ファッション、XR・メタバース、デジタルツインやNFTその他web3に関する法律問題について、広く知識・経験・ネットワークを有する弁護士が対応いたします。
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