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【キーワード】

VTuber(バーチャルYouTuber) 誹謗中傷 名誉感情 人格権 同定可能性 発信者情報開示


【事実の概要】

原告は、YouTube等で、2DCGや3DCGで描かれた「V」として、動画投稿や生配信を行う配信者であり、いわゆる「VTuber」として活動する者である。

インターネット掲示板の5ちゃんねるに、以下の記事(以下「本件記事」)が投稿された。

先人の劣化版しか出来ないってさ
生きてる意味ないって事だよ


【判決の要旨】

裁判所は以下のとおり述べ、VTuberとして活動する演者である原告に対する名誉感情侵害の成立を認めました。

〈略〉によれば、別紙投稿経過一覧のNo.54, 62, 66(本件記事)は、No.54を起点とするもので、「V」の活動に対して向けられた言動(投稿)であると認められ、これらの言動(投稿)は、「V」として活動している者に対して向けられたものといえる。そして、「V」として活動している原告の氏名が特定されていなくとも、「V」として活動している者として原告自体は特定されているといえるから、本件記事は原告に対して向けられたものと認められる。

そこで、さらに、本件記事の内容について検討すると、本件記事は「生きてる意味ないって事だよ」というものであって、原告の表現者としての存在自体を全否定するものといえ、正当な論評の域を超えており、社会通念上許容される限度を超えて名誉感情を侵害するものと認められる。


【考察】

匿名で活動する者に対する名誉感情侵害の成立には、その者が氏名等によって具体的に特定される必要はない

匿名で活動する者に対する論評等は、それが具体的に誰を対象とするものであるか分からないことから、その活動をする者の社会的評価が低下するなどの不利益が生じるとは限らず、不法行為は成立しないという考え方があります。

本件の被告も、以下のように主張していました。

仮に、本件記事が、「V」としての活動に対してされた記載(論評)であったとしても、一般の閲覧者は、「V」という通称名だけで、それが原告のことを指すとは認識しない。

参考:関真也法律事務所解説記事/【VTuber判例シリーズ】VTuberの演者に対する名誉感情侵害の成立が認められた事例(大阪地判令和4年8月31日)

参考:関真也法律事務所解説記事/【VTuber判例シリーズ】投稿内容そのものから演者との同定可能性を認め、リツイート者のVTuberに対する名誉感情侵害の成立を肯定した事例(東京地判令和4年7月1日)

本判決は、氏名が特定されていなくとも、「V」という通称名で活動している者という抽象的なレベルで本件投稿の対象とする者が特定されていれば、名誉感情侵害が成立するためには十分であると考えているものと理解できます。

たしかに、対象者に対する(周囲から見た客観的な)社会的評価の低下を問題とする名誉毀損の場合には別論となる余地はあるものの、主観的な名誉感情(人が自己自身の人格価値について有する主観的な評価)の侵害が問題となる場合においては、本人が自分に対する誹謗中傷であると認識できる限り名誉感情は害されるため、抽象的なレベルで特定できれば十分といえると考えられます。

※名誉毀損に関しても、匿名で活動する者に対して成立する可能性はありますので注意が必要です。

参考:関真也法律事務所解説記事/【メタバースの法律《誹謗中傷》】「バーチャルな存在」に対する名誉毀損・侮辱は成立するか?~VTuberに関する裁判例の紹介~

VTuberの生命・身体に対して危害を加える旨の投稿が問題となった近時の他の裁判例においても、裁判所は以下のとおり述べ、演者に対する人格権侵害の成立を認めています(東京地判令和4年12月14日)。

原告は、「V」というキャラクターを演じて「Vtuber」として活動していることが認められるところ、本件投稿は、対象者の生命又は身体に対する危害を加える旨の内容であり、原告が「V」としてTwitterでした投稿に返信する方法により、「お前」などと呼びかけながら投稿をしていることからすると、「C」というCGで描かれたキャラクターに実在の身体はない以上、その背後の「C」として活動する実在の個人である原告を対象とするものというべきである。」

このように、裁判の現場でも、VTuberは架空の存在ではなく、背後に実在の人間がいるということが明確に認識されています。

社会通念上許容される限度を超える侮辱か

名誉感情侵害の不法行為として損害賠償請求等の対象となるのは、社会通念上許される限度を超える侮辱行為により人の名誉感情を害した場合です。

本件において、被告は、以下のように主張していました。

「生きてる意味ない」という表現は極めて簡潔で具体性もない表現であり、投稿者の主観が反映された感想に過ぎず、このような表現が特に執拗に繰り返し行われたわけでもないから、社会通念上許容される限度を超えて、名誉感情を侵害するものとはいえない。

たしかに、VTuberとしての活動におけるキャラ設定やテーマその他の活動方針等によっては、これらと関連する範疇の批評については受忍限度の範囲が広がり、名誉感情侵害が認められにくくなることはあります。

参考:関真也法律事務所解説記事/【VTuber判例シリーズ】VTuberの演者に対する名誉感情侵害の成立が認められた事例(大阪地判令和4年8月31日)

しかし、本件のように、キャラ設定等とは全く関係なく、表現者としての存在自体を全否定する言動を受忍しなければならない理由はありませんので、名誉感情侵害の成立が認められたのは至極まっとうなことであると考えられます。

VTuberの演者様、所属事務所その他関係者の皆様のご参考になれば幸いです。


関真也法律事務所では、発信者情報開示を含むVTuberに関する誹謗中傷対策その他の権利保護のほか、VTuberの演者、所属事務所、配信プラットフォーム、イラストレーター、3Dモデラーなど、VTuberに関わる様々な方から、著作権・商標権その他の知的財産問題、契約書対応、下請法・フリーランス法対応、景品表示法対応、労働法対応その他多岐にわたる法律相談をお受けしています。

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《その他参考情報》
XR・メタバースの法律相談:弁護士・関真也の資料集

この記事の著者について
日本国弁護士・ニューヨーク州弁護士
日本バーチャルリアリティ学会認定上級VR技術者

関 真也 Masaya Seki

エンタテインメント分野、ファッション分野、先端テクノロジー分野の知財法務に力を入れている弁護士です。漫画・アニメ・映画・ゲーム・音楽・キャラクターなどのコンテンツビジネス、タレント・YouTuber・インフルエンサーなどの芸能関係やアパレル企業・デザイナー・流通・モデルなどのファッション関係に加え、最近はXR(VR/AR/MR)、メタバース、VTuber、人工知能(AI)、NFT、eSports、デジタルファッションなどに力を入れ、各種法律業務に対応しておりますので、お気軽にお問い合わせ下さい。経済産業省「Web3.0 時代におけるクリエイターエコノミーの創出に係る研究会」委員、経済産業省・ファッション未来研究会「ファッションローWG」委員など官公庁の役職を務めルールメイキングに関わるほか、XRコンソーシアム監事、日本商標協会理事、日本知財学会コンテンツ・マネジメント分科会幹事、ファッションビジネス学会ファッションロー研究部会⻑などを務めており、これらの活動を通じ、これら業界の法制度や倫理的課題の解決に向けた研究・教育・政策提言も行っており、これら専門性の高い分野における法整備や業界動向などの最新情報に基づいた法的アドバイスを提供できることが強みです。

主な著書 「ビジネスのためのメタバース入門〜メタバース・リアル・オンラインの選択と法実務」(共編著、商事法務、2023年)、「XR・メタバースの知財法務」(中央経済社、2022年)、「ファッションロー」(勁草書房、2017年)など

使用言語 日本語・英語