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【キーワード】

VTuber(バーチャルYouTuber) 誹謗中傷 名誉感情 人格権 発信者情報開示


【事実の概要】

原告の活動等について

原告は、VTuber事務所「A」に所属し、「V」という名称を用いてYouTubeに動画を投稿するなど、バーチャルYouTuber(VTuber)として活動する者である。

原告は、配信活動等を行うに当たっては、原告の氏名(本名)を明らかにせず、「V」の名称を用い、かつ、原告自身の容姿を明らかにせずに架空のキャラクターのアバターを使用して、YouTubeに動画を投稿したり、ツイッターにツイートしたりしている。そして、「V」であるとする架空のキャラクターを使用し、Vにつき一定のキャラクター設定をしているものの、「V」の言動は、原告自身の個性を活かし、原告の体験や経験をも反映したものになっており、原告が「V」という名称で表現行為を行っているといえる実態にある。

本件投稿について

無料掲示板サービス「5ちゃんねる」のスレッド「【バーチャルYouTuber】V #95【A】」に、以下の記事が投稿された(以下「本件投稿」)。

仕方ねぇよバカ女なんだから
母親がいないせいで精神が未熟なんだろ


【判決の要旨】

本判決は、以下のとおり述べ、発信者情報の開示を命じた。

本件投稿の内容は、「仕方ねぇよバカ女なんだから 母親がいないせいで精神が未熟なんだろ」というものであるところ(略)、「仕方ねぇよ」という表現にとどまれば、被告が主張するように不満・愚痴という程度のものにすぎないといえるとしても、本件投稿の内容は、およそ不満・愚痴にとどまるものではなく、「V」の名称で活動する者を一方的に侮辱する内容にほかならない。そして、「バカ女」「精神が未熟」というように分断して捉えるのではなく、本件投稿の内容を一体として捉えつつ、その表現が見下すようなものになっていることや、成育環境に問題があるかのような指摘までしていることをも踏まえれば、特段の事情のない限り、本件投稿による侮辱は、社会通念上許される限度を超えるものであると認められる。そして、上記の者が挑発的な言動に及んだことが原因となって本件投稿がされたなどの特段の事情があると認めるに足りる証拠はない。

上記・・・によれば、「V」としての言動に対する侮辱の矛先が、表面的には「V」に向けられたものであったとしても、原告は、「V」の名称を用いて、アバターの表象をいわば衣装のようにまとって、動画配信などの活動を行っているといえること、本件投稿は「V」の名称で活動する者に向けられたものであると認められることからすれば、本件投稿による侮辱により名誉感情を侵害されたのは原告であり(略)、・・・当該侮辱は社会通念上許される限度を超えるものであると認められるから、これにより、原告の人格的利益が侵害されたというべきである。

 


【考察】

アバターに対する侮辱か、演者に対する侮辱か

一般論として、ある投稿等がアバターないしキャラクターそのものに向けられたものである場合、アバターやキャラクターそれ自体に人格や感情はないため、名誉感情侵害は成立し得ないという考え方があります。

参考:関真也法律事務所解説記事/【メタバースの法律《誹謗中傷》】「バーチャルな存在」に対する名誉毀損・侮辱は成立するか?~VTuberに関する裁判例の紹介~

しかし、本判決は、本件投稿による侮辱が表面的にはアバターないしキャラクターである「V」に向けられたものであるとしても、「V」の言動はその演者である原告自身の表現行為であると捉え、本件投稿は演者に対する侮辱であると判断しました。演者は人格や感情を持つ実在の人物であるため、当然のことながら、演者に対する侮辱は名誉感情侵害になり得るということになります。

このように判断する前提として、本判決は、「V」の言動がその演者である原告自身の個性を活かし、原告の体験や経験をも反映したものになっているという事実を認定しています。

人工知能(AI)が対話を行う “AITuber” の場合は別論かもしれませんが、生身の演者がいるVTuberの場合、動画投稿その他の活動において、発信内容のほか、声、動きその他の表現に演者自身の個性が表れるのがむしろ通常とも言えそうです。この点を捉えると、VTuberに対する侮辱は、多くの場合、演者に対する侮辱として名誉感情侵害が成立すると考えることも可能かもしれません。

他方、本判決は、「V」の言動が演者である原告の体験や経験を反映したものであることをも前提にして判断しています。このため、必ずしもそうではない活動をするVTuberがいる場合に名誉感情侵害の成立が認められるかは、本判決からは必ずしも明確とは言い切れません。

また、本判決は、本件投稿がされたスレッドのタイトルや、同スレッドにおいて本件投稿がされるまでにされた他の投稿を踏まえ、本件投稿は「V」の名称で活動する者に向けられたものであると評価している点にも注目する必要があります。すなわち、アバターないしキャラクターそのものに向けられた侮辱ではなく、演者に対する侮辱であるという評価が、演者に対する名誉感情侵害の成立を認めるために重要な要素となっていることがうかがわれます。

社会通念上許される限度を超える侮辱か

本件投稿の内容は前述のとおりであり、これが社会通念上許される限度を超える侮辱として違法と評価されるのは当然でしょう。

ただ、別件の判決を見ると、VTuberのように芸術・芸能の分野に属する者に対する批評等が侮辱になるかは、難しい判断を伴う場合があります。

実例として、東京地判令和3年6月8日(令和3年(ワ)第3937号)は、以下のように述べ、VTuberに対する「慢心」、「成金」、「品がない」との否定的な批評について名誉感情侵害の成立を否定しています。

配信動画に限らず、芸術・芸能作品に対する批評は最大限保障されるべきであることはいうまでもなく、かつ、不特定又は多数である社会一般に作品を提供する者は、その帰結として肯定的・否定的な批評を受けること自体は当然甘受すべきものであるから、その批評が人身攻撃に及ぶなど批評(意見ないし論評)の域を逸脱しているなどの場合を除き、不法行為を構成するとはいえないというべきである。

この見地で本件投稿②をみると、・・・「V」は・・・とのキャラ設定を自ら行い、・・・高級な食事のエピソードを配信動画のテーマとするなどしているのであるから、「慢心」、「成金」、「品がない」などの感想を一部の者が抱くことはあり得ることであって、その表現も、原告に対し否定的ではあるものの、原告個人の具体的なエピソードや家庭環境などをもとに人格攻撃しているものとも解されないから、表現者として作品を提供する原告として受任すべき限度の範囲内にあるというべきである。

これによれば、VTuberとしての活動におけるキャラ設定やテーマその他の活動方針等によっては、これらと関連する範疇の批評については受忍限度の範囲が広がり、名誉感情侵害が認められにくくなる可能性がある点に留意する必要があります。

このような関連がなく、VTuberの演者を見下し生育環境に問題があるかのように指摘する本件投稿が違法となるのは、至極当然のことであると考えられます。

VTuberの演者様、所属事務所その他関係者の皆様のご参考になれば幸いです。


関真也法律事務所では、発信者情報開示を含むVTuberに関する誹謗中傷対策その他の権利保護のほか、VTuberの演者、所属事務所、配信プラットフォーム、イラストレーター、3Dモデラーなど、VTuberに関わる様々な方から、著作権・商標権その他の知的財産問題、契約書対応、下請法・フリーランス法対応、景品表示法対応、労働法対応その他多岐にわたる法律相談をお受けしています。

また、VTuberのほか、漫画・アニメ・映画・TV・ゲーム・音楽・芸能・クリエイター等のエンタテインメント、ファッション、XR・メタバース、デジタルツインやNFTその他web3に関する法律問題について、広く知識・経験・ネットワークを有する弁護士が対応いたします。

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《その他参考情報》
XR・メタバースの法律相談:弁護士・関真也の資料集

この記事の著者について
日本国弁護士・ニューヨーク州弁護士
日本バーチャルリアリティ学会認定上級VR技術者

関 真也 Masaya Seki

エンタテインメント分野、ファッション分野、先端テクノロジー分野の知財法務に力を入れている弁護士です。漫画・アニメ・映画・ゲーム・音楽・キャラクターなどのコンテンツビジネス、タレント・YouTuber・インフルエンサーなどの芸能関係やアパレル企業・デザイナー・流通・モデルなどのファッション関係に加え、最近はXR(VR/AR/MR)、メタバース、VTuber、人工知能(AI)、NFT、eSports、デジタルファッションなどに力を入れ、各種法律業務に対応しておりますので、お気軽にお問い合わせ下さい。経済産業省「Web3.0 時代におけるクリエイターエコノミーの創出に係る研究会」委員、経済産業省・ファッション未来研究会「ファッションローWG」委員など官公庁の役職を務めルールメイキングに関わるほか、XRコンソーシアム監事、日本商標協会理事、日本知財学会コンテンツ・マネジメント分科会幹事、ファッションビジネス学会ファッションロー研究部会⻑などを務めており、これらの活動を通じ、これら業界の法制度や倫理的課題の解決に向けた研究・教育・政策提言も行っており、これら専門性の高い分野における法整備や業界動向などの最新情報に基づいた法的アドバイスを提供できることが強みです。

主な著書 「ビジネスのためのメタバース入門〜メタバース・リアル・オンラインの選択と法実務」(共編著、商事法務、2023年)、「XR・メタバースの知財法務」(中央経済社、2022年)、「ファッションロー」(勁草書房、2017年)など

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