研究・情報発信

NFTとライセンスビジネス

様々な産業からの進出が相次ぎ、2021年を代表する成長市場の1つとなった「NFT」(Non-Fungible Token:非代替性トークン)。NFTプロジェクトのために新たに創作されたコンテンツも多数出現し、ライセンス、コンテンツ共同開発など様々な取引に関する法律相談をお受けするようになりました。また、NFTの爆発的流行が始まる前から人気を博していた有力なコンテンツをNFT化することにより、改めて注目を集めたプロジェクトも数多く見られました。

NFTは、クリエイターの効果的なマネタイズの途を新たに開いたことなどが注目される一方で、著作権その他の権利処理には課題があると言われています。特に、NFTが登場する前に多数の利害関係者が関与して創作され、契約等による権利処理が行われた作品にとっては、NFT化という利用形態が現れたことによって改めて対応が必要になる場合があると考えられます。

その代表例は、出資者(製作委員会メンバー各社等)、映像制作会社、監督、脚本家、演出家、カメラマン、美術、俳優、声優など多くのメンバーが関与して創作される映画、アニメ、TV番組等の映像作品やゲーム作品でしょう。映像作品を製作する際には、劇場配給やTV放送等の一次利用だけでなく、インターネット配信、出版、ビデオグラム化、グッズ化、ゲーム化、さらにはアミューズメントパークでの利用など様々な二次利用も含めて、利用形態ごとのライセンス窓口担当者、各関係者間での利益分配の割合・方法等を契約で取り決めています。

ところが、NFTが流行する前に製作された作品の場合、作品をNFT化する場合を想定した条項を盛り込んだ契約書が締結された例は稀でしょう。この場合、その作品に関与したメンバーの中で誰がNFT化やそのライセンスをする権利を持つのか、NFT化により得られた収益は誰に、いかなる割合で分配されるのかが不明確となり、トラブルに発展する可能性があります。また、NFT化するためのライセンスを受けようとする側からすると、例えば製作委員会メンバーの中の誰からライセンスを受ければいいのか分かりづらいという問題もあるでしょう。


米国NFT裁判:Miramax v. Tarantino

こうした問題点が発端となり、2021年11月16日、米国で裁判が起こされました。

クエンティン・タランティーノ氏が、自ら監督・脚本等を務めた映画「Pulp Fiction」の脚本をスキャンしてデジタルデータ化し(未公開の手書きスクリプト及びタランティーノ氏が同映画等の秘密を暴露するコメントなどが含まれたもの)、これをNFT化してオークションに出品しようとした行為につき、同映画の製作・配給を行ったスタジオであるMiramax社が、契約違反、著作権侵害等を理由として訴えを提起したのです。

以下、この裁判について、訴状をもとに、事実関係と両者の主張を整理してみましょう。

両者の契約関係

Miramax社とタランティーノ氏は、同映画の製作及び資金調達並びにMiramax社による同映画の取得に関し、1993年6月23日付けで契約を締結していました。

そしてこの契約では、タランティーノ氏が、Miramaxに対し、次の権利を永久かつ全世界において付与すると規定されていました。

all rights (including all copyrights and trademarks) in and to the Film (and all elements thereof in all stages of development and production) now or hereafter known including without limitation the right to distribute the Film in all media now or hereafter known (theatrical, non-theatrical, all forms of television, home video, etc.)

《和訳》現在又は将来知られるあらゆるメディア(劇場、非劇場、あらゆる形態のテレビ、ホームビデオ等)で本映画を配給する権利その他の本映画(並びにその全ての開発及び制作段階における全て要素)に関する一切の権利(全ての著作権及び商標を含む。)

もっとも、この契約では、次の権利はタランティーノ氏に残されると規定されていました (“Reserved Rights”)。

soundtrack album, music publishing, live performance, print publication (including without limitation screenplay publication, ‘making of’ books, comic books and novelization, in audio and electronic formats as well, as applicable), interactive media, theatrical and television sequel and remake rights, and television series and spinoff rights

《和訳》サウンドトラック・アルバム、音楽出版、ライブ・パフォーマンス、印刷出版(オーディオ及び電子的なフォーマットによるものを含めて、脚本出版、「メイキング」本、コミック本及びノベライゼーションを含む。)、インタラクティブ・メディア、劇場及びテレビの続編及びリメイク権、並びにテレビシリーズ及びスピンオフ権

タランティーノ氏の主張

タランティーノ氏は、その脚本をNFT化することは、上記規定によりタランティーノ氏に残された「脚本出版」の権利 (the right to screenplay publication) の範囲内にあり、契約違反でも著作権侵害でもないと主張しました。

Miramax社の主張

これに対し、Miramax社は、脚本のNFTを販売することは一回的な取引であって「出版」(“publication”) には当たらないと反論しています。また、Miramax社は、原契約においてタランティーノ氏がMiramax社に付与した権利は、「現在又は将来知られるあらゆるメディアに関する、現在又は将来知られる全ての権利」という形でキャッチオール的に規定されているのに対し、タランティーノ氏に残された権利はそのように規定されていないとも主張しています。


この裁判からの示唆:NFTを扱う際に注意すべきこと

二次利用としての「NFT化」の明確な位置付け

このMiramax社とタランティーノ氏の事例のように、これまで知られていなかったNFT化という新たな利用形態について、どの当事者がどの範囲で契約上又は著作権法上の権利を持つのかがはっきりしないという状況が発生しているのです。

そこで日本の契約実務をもとに考えてみるに、今後は、映像作品等を製作するための共同事業契約(いわゆる製作委員会契約)や、原作利用許諾契約、監督・脚本・出演等の業務委託契約等の各種契約において、二次利用の形態として「NFT化」を明確に定義し、ライセンスの窓口担当者、収益分配の割合・方法等をあらかじめ規定することを検討すべきかもしれません。

これまでの契約実務の文脈では、NFT化は、例えば自動公衆送信、商品化等のカテゴリーで窓口等を捉えられる場合もあるでしょう。もっとも、一口に「NFT化」といっても、それはデジタルコンテンツの様々な活用方法を実現する手段であるという側面があります。つまり、特定の二次利用に付随してNFT化が伴う場合もあれば、複数の二次利用形態にまたがる場合もありえます。これらは個別の契約書における規定内容次第であり、大きなビジネスになるとすればトラブルも生じやすいといえます。

他の二次利用形態と同様に、NFT化についてもあらかじめ契約でルールを明確にしておくことにより、リスクを軽減することができます。

ちなみに、契約に規定されていなかった権利の取扱いに関する日本の裁判例として、レコード製作者の著作隣接権としての送信可能化権が導入される前に締結された契約において譲渡対象となる権利の範囲につき、当該権利譲渡条項の「文言自体及び本件各契約書中の他の条項のほか、契約当時の社会的な背景事情の下で、当事者の達しようとした経済的又は社会的目的及び業界における慣習等を総合的に考慮して、当事者の意思を探求し解釈すべき」としたうえで、原盤に関する「一切の権利」を「何ら制限なく独占的に」譲渡するという規定があったことなどから、送信可能化権についても譲渡の対象になると判断したものがあります。

NFT化するという行為に関する権利義務がどのように解釈されるかは現状明らかとはいえませんので、なるべく具体的に規定し、リスクを回避・管理しやすくするための検討をするのが望ましいでしょう。

無断でNFT化をしないという契約上の義務付け

また、単にNFT化すること自体は著作権を侵害しない行為である場合も多いという点には注意が必要でしょう。

NFT化は、対象となるデジタルコンテンツの所在場所(URL、IPFS等のリンク情報)を記録することなどによって行われることがあります。しかし、URL等の文字列は著作物ではない場合が多く、また、すでにインターネット上に存在するデジタルコンテンツへのリンクを単に張ることだけでは著作権侵害にはならないと理解されています。このため、デジタルコンテンツを新たにインターネット上にアップロードすることなどが伴わない限り、NFT化は著作権を侵害せずに行うことができる(=著作権侵害を理由にNFT化を差し止めることができない場合がある)と整理される余地があるのです。

そうすると、ライセンスビジネスとしてきちんと管理しながらNFTを取り扱おうとする権利者にとっては、著作権の処理という視点だけではなく、それとは別に、関係者に対して「無断でNFT化をしない」という義務を負わせる契約条項を設けることを検討した方が良いということもできるでしょう。

例えば、本記事では映画監督がNFT化しようとした事例を紹介しましたが、日本の著作権法では、多くの場合、映画監督その他映画製作への参加者ではなく「映画製作者」が著作権者となる仕組みになっています(著作権法29条)。したがって、少なくとも日本の著作権法に基づいて考える限り、関係者に「NFT化する権利が残るか」という視点ではなく、むしろ、「無断でNFT化されないよう管理するにはどうしたらよいか」という視点で考えた方が合理的な場合があるといえます。その1つの手段が契約です。

他方、著作権法上適法な方法でNFT化することを禁止されるいわれはないという考え方もあるでしょう。NFT化という行為を誰か特定の人に独占させるべきなのか、独占させるとしてそれは誰なのか、という大きな問題も孕んでいるといえます。いずれにせよ、関係者の中で誰がNFT化をする権利を持つのかを、適切なタイミングで契約により明らかにすることは有効なトラブル回避策となりえます。

おわりに

日本のアニメ、映画、ゲーム、キャラクターなどの作品は、世界的にも高い人気を獲得しています。それら優れた日本の作品を、NFT化というグローバルな急成長市場に安心して投入でき、また、消費者も安心して購入・利用できる法制度、実務その他の環境を構築することが重要な課題となっています。

Miramax v. Tarantinoの裁判自体、始まったばかりであり、まだ結論は出ていません。より詳しい事情も明らかにされていくと思いますので、その経過に注目していくべきでしょう。

以上、現時点でこの裁判から学ぶことができる事項を解説しました。

これを参考に、多くの人々が安心して参加でき、より発展するNFTの市場環境を考えていく一助となれば幸いです。

お読みいただきありがとうございました。引き続きご注目下さい。

※この記事は、Yahoo!エキスパートに2022年1月1日付けで掲載した記事を一部更新し、転載したものです。


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この記事の著者について
日本国弁護士・ニューヨーク州弁護士
日本バーチャルリアリティ学会認定上級VR技術者

関 真也 Masaya Seki

エンタテインメント分野、ファッション分野、先端テクノロジー分野の知財法務に力を入れている弁護士です。漫画・アニメ・映画・ゲーム・音楽・キャラクターなどのコンテンツビジネス、タレント・YouTuber・インフルエンサーなどの芸能関係やアパレル企業・デザイナー・流通・モデルなどのファッション関係に加え、最近はXR(VR/AR/MR)、メタバース、VTuber、人工知能(AI)、NFT、eSports、デジタルファッションなどに力を入れ、各種法律業務に対応しておりますので、お気軽にお問い合わせ下さい。経済産業省「Web3.0 時代におけるクリエイターエコノミーの創出に係る研究会」委員、経済産業省・ファッション未来研究会「ファッションローWG」委員など官公庁の役職を務めルールメイキングに関わるほか、XRコンソーシアム監事、日本商標協会理事、日本知財学会コンテンツ・マネジメント分科会幹事、ファッションビジネス学会ファッションロー研究部会⻑などを務めており、これらの活動を通じ、これら業界の法制度や倫理的課題の解決に向けた研究・教育・政策提言も行っており、これら専門性の高い分野における法整備や業界動向などの最新情報に基づいた法的アドバイスを提供できることが強みです。

主な著書 「ビジネスのためのメタバース入門〜メタバース・リアル・オンラインの選択と法実務」(共編著、商事法務、2023年)、「XR・メタバースの知財法務」(中央経済社、2022年)、「ファッションロー」(勁草書房、2017年)など

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